2014年03月20日

「明日ママ」追記:福祉病院関係者様へのコメント回答と子供を傷つけたのはドラマだけなのか?

前回記事が転載されたBLOGOSの方に、福祉施設・病院関係者と思われる方からコメントがあったので、言いっ放し逃げは当方の流儀ではないのでここに回答します。

>「あまり観てないけど」と言って評論するのもチョットねぇ。
見続けた人の中に、抗議した団体をクレーマー呼ばわりする人が多数いたようだ。
韋駄天氏はそれと通ずるものがあると思う。
続けて欲しい意見は大きくは、
@フィクションだからいちいち反応するのはおかしい。観たくない人は観なければよい。
Aじっくり見ると考えさせる内容だ、最後まで観て判断して。
B理不尽はいっぱいあるから、保護するだけではいけない。子供たちが強く育つことを考えるべきだ。
どれも韋駄天氏の考えに通じるものがありますね。


通じると決め付けられても、0か1かの話ではありません。
@基本はそう思います。フィクションでも悪影響が大きいと思えば、抗議自体は構わないと思います。
Aいいえ、そうは思いません。素晴らしい作品とは到底言えず、普通だと思います。
BYes.

>そしてクレーマー呼ばわりする人の共通点は「とにかく観たい、邪魔をするな」という意識が強くある、というかそれに尽きるような気がします。

いいえ、私は違います。私の関心は、猛バッシングされるべき内容なのか?騒ぎの割には視聴率が高くも低くもないのは何故なのか?を確認することでした。
中止が決定されても異は唱えませんでしたよ。
私はテレビドラマをほとんど見ません。芦田愛菜ちゃんの演技も初めて見ました。
(それで何故評論できるのかと問われるなら、何故出来ないのかがわからないと言う他ありません!?)

>そりゃ、ちょっと違うと思っていても場面では涙も出ます、特に子役の演技には。でも泣かせたから認められたということではないです。
「ちょっと違う」と目くじら立てなくても、ほとんどの視聴者はフィクションと認識して見ています。
ドラマを認めるとか認めないとか、自らの「上から目線」の立ち位置をまず確認すべきではないでしょうか?
(モロに真ん中直球で関係者の方なのでしょうか?)

>さて、最終回が終わって、明日からほとんどの人は何事もなかったように生活をします。
一方、病院や福祉施設の人は引き続き悪戦苦闘が続きます。
痛みが届かない高みの見物の人の評論と、現場の心を痛める人の意見と、配慮は同じはずはないでしょう。

そうですね、同じ配慮をすべきとは思いませんが、関係者のために放送してあげている訳でもありませんね。
現場で心を痛める「周りの大人」の意見と気持ちは拡声器を通じて大きく伝わって来ますが、またそれを子供達の気持ちの代弁とも称するのですが、子供達の意見は聞こえてきません。
見て励まされたとか、癒された子供も少なくないのでは?
(だからと言って、ショックを受けた子供が取った行為を軽視していいと言うつもりもありません。)

>まさか、捨てられる赤ちゃんに「強く生きよ」とは言わないよね。そういう赤ちゃんを拾い上げてるのがこうのとりのゆりかご慈恵病院です。

どういう意味でしょう?オギャーと泣いている子供に言っても通じないし、物心つかない頃に里親に引き取られて事情を知らない子供には適切な時期に事実を知らせますよね。
経緯や事情もわかっていて施設にいる子供は強く生きるしかないし、TPOを考えて言うべきですよね。
言い方は、「君が幼い頃に厳しい試練を与えられたのは、君がそれを乗り越えられる強い人間だからだ」とか「悲し過ぎるからもう笑っちまおうぜ!生きてるだけで丸儲け!」とか色々ありますよ。
(真面目で優し過ぎるのも考えものでは?)

因みに、当方はドラマ内容やそれに関連する批難については言及しましたが、福祉施設の現状や運営方法等詳しく知りもしないことに批判をするつもりはないので誤解ありませんよう。

せっかくですので、一点問題提起させて頂きます。
ドラマに対する批難が子供を守るため子供への愛情に基づく純粋な気持ちから生じていることを疑うものではありません。
でも、施設の子供達を傷つけたとしたら、それはテレビドラマだけなのでしょうか?

今回、「明日ママ」について感想や評論を自由に公言することも憚られる空気が醸成されていることに気付いていますか?
このドラマがラストで「みんなで考えるんだ」と訴えても、ドラマをきっかけに関連する様々な社会問題について考えて議論するムードが作られていますか?
そうしてしまった張本人は悪い酷いドラマなのでしょうか?

自らが絶対正義の側に立つと信じて疑わず、過度な謝罪を求め執拗な抗議を行う団体は、異なる意見や価値観を持つ者にとってコミュニケーションが成立しない相手です。
(異なる意見に対して、冷静にコメントできる貴殿を指しているのではありません。)

リスクを避けたがる国民性なので、悪気はないけどこの件は軽々しく口を挟んではいけないし、自分は関わらない方が良いと沈黙してしまいます。
施設の子供達ではなく、周りの大人の腫れ物に触ってしまうのが怖くて自分の手に負えない存在に思え、壁を作ってしまいます。
結果このドラマをきっかけとして、悪気はないけど自分の子が施設の子と友達になると「お付き合いを止めなさい」と差別に繋がることを言ってしまうお母さんが増えてしまうかも知れません。
うちの息子がいつ何をきっかけにその子の心を傷つけるかわからないし、その時に猛抗議されかねない周りの大人が怖いからです。
(腫れ物に触らずに接触しろと要求されれば、その他人の主観を判断する能力がないので接触しませんとなるのは自明の理です。)

さて、差別を助長したのはテレビドラマでしょうか?絶対正義を疑わない方々でしょうか?
テレビドラマが特別な存在ではなく身近に普通に扱ったのに、脚色してはならないアンタッチャブルでタブーな存在に結果として遠ざけてしまったのは、誰のどのような行為の果なのでしょうか?

純粋な動機による愛情溢れる行為が「罪」をもたらすこともあるし、視聴率稼ぎも使命で批難轟々のテレビドラマにも「功」はあるし、一方的に加害者でも被害者でもないでしょう。
高みの見物人の戯言ですが、近すぎて視野が狭くなってしまうこともあるし、一理でもあると思って頂ければコミュニケーションの甲斐があります。

繰り返しますが、現場の活動をなんら批判するものではありませんし、内部の方でしたらご活動には頭の下がる思いですが、今回の件で子供達に悪影響を与えたのはテレビドラマだと一方的に断罪することはできないと思います。
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posted by 韋駄天太助 at 13:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 放談雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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